要旨:日本の学校教育は明治以来百年以上の歴史を持っている。しかし、1990年頃から現在まで、教育改革案が相次いで提出され、その度に改革が繰り返されており、学校現場には『改革疲れ』ともいうべき現象が起きている。明治時代は日本の公共教育制度の創成期であり、明治政府は強い国にするため西洋各国の教育制度を参考に、当時の社会形勢に適応した教育制度を制定し、教育改革を行った。教育は明治時代日本の近代化を実現するのに多くの人材を輩出し、富国安康の目標を達成した。その中で、西洋文明の採用は日本が近代教育制度を確立したのに役に立った。教育の行く末の不透明な現在の日本にとって、明治時代の教育改革と西洋文明受容の姿勢をもう一度考えてみる必要がある。
キーワード:教育改革 学制 森有礼
本稿では、明治時代の学制と森有礼の学制改革を例として、明治の教育は当時西洋国家の教育制度を選択し、自国の要求に応じて、どのように西洋文明を受容したかという点を論じた。また、現在日本における存在する教育問題を踏まえて、明治時代の教育改革と結びつけて捉え、海外へ目を向け広い視野で学ぶこと、国内の教育機関の協力、人材に対する要望の三つの点から、現在の日本の教育に対する示唆について考察した。
明治以来100年以上の歴史を持つ学校教育をこれから先に向けて再設計することを根本的に問い直すことは、国を担う人材を育てる教育に常に求められる姿勢であろう。