要旨:松本清張は戦後の日本文壇に大きな足跡を残した作家である。日本文壇、ないし 世界文壇にとって異質的な存在だとも言えよう。清張は創出した文学作品の量が膨 大であるし、その創作領域もまた多岐にわたっているので、その右に出る者は非常 に少ない。その意味において、「清張文学」の全体像をとらえることはきわめて困 難である。
今日の評論界では、一般的に清張文学を推理小説と歴史物と記録文学と大きく三 つの部分に分けて研究しているのであるが、中では、推理小説は『点と線』『眼の 壁』を境に、初期推理小説と社会派推理小説に分けられ、歴史物には歴史小説と考 古学の方面における論著が含まれる。記録文学は主に社会情勢を反映し、政治批判 を加えた文学作品を総じて言っているものである。このように、松本清張は歴史小 説のような歴史取材のものを書く一方、直接古代史を対象とした考古学研究の著述 も発表した。また、現代から遠い歴史への推理、復元をする一方、現に起こってい る事件への推理、再現にも絶えず努めていた。松本清張はむしろ歴史家として「歴 史」(古代から現代まで)を組み立てているのであり、清張文学も実際「推理」を 手段にし、推理によって現実を告白する文学なのである。
松本清張は社会的なテーマを推理小説ふうに描くことにより、たくさんの読者を とらえたのである。報われない社会の下層の人々の犯罪を題材とし、たちまち流行 作家となったが、清張の作品は従来の推理小説に見られぬ新しい社会性があった。 読者は推理小説の枠組みにみられた社会機構上の虚偽や犯罪の暴露を大いに歓迎 したのである。
『砂の器』は 1961 年 5 月から約一年にわたって『読売新聞』に連載された。大 手新聞における清張のはじめての連載作品であると同時に、清張の「社会派推理小 説」の特徴を示した作品でもある。
松本清張は日本文壇において重要な地位を占めているが、残念ながら、中国では、 清張に対する研究が少ないようである。とくに、『砂の器』に対し、映画化された ことがきっかけで、われわれ中国側の読者にも広く知られるようになった、深く読 みとることがほとんどみられないようである。
小論は、なぜ中国では松本清張についてそれほど多く研究されていなかったのか という問題を提起し、清張文学という広義的概念から推理小説の諸特徴を見出し、 さらに、代表作『砂の器』についての分析を通して、清張文学に見られる社会性の解読を試み、清張文学のより全般的、有効的理解に役立てたい。 松本清張の推理小説には、「戦後リアリズムの手法」、「犯罪動機の重視」などの特徴がよく見られる。松本清張の登場人物の心理や性格を直接に描写するのを避け、 行動や言葉によって人間の心理変化を表現する方法や「動機」の重視という考え方 は、『砂の器』から読み取れ、作者の工夫が見られる。
また、「社会派推理小説」という名のとおり、『砂の器』はただの推理小説にとど まらず、清張は社会を見る視野が広がるにつれて、その矛先を「社会」というもの に向ける。犯人はなぜ殺人まで起してしまったのかというのは小説の第一問題で、「立身出世主義」、「ハンセン病の問題」、「社会差別」、「戦後戸籍の問題」などがど んどん出てくる。つまり、「推理小説」という形を通し、社会の反映が徹底し、清 張文学の特徴を示したものである。
キーワード:松本清張 『砂の器』 推理小説 社会性