要 旨:『草枕』(明治39)は美しい春の情景が美しい那美さんをめぐって展開され、非人情の世界より帰るのを忘れさせる。「要するに、汚ないことや、不愉快なことは一切避けて、唯一種の感じ——美しい感じが読者の頭に残りさへすれば良い」[ ]という意図で書かれた漱石のロマンチシズム[ ]の極致を示す名篇である。確かにこの小説には、汚ないことや不愉快なことは、なにひとつ描かれていない。脱俗の自然と人間の世界があり、そこに徘徊し低徊し、詩と画をみいだそうとする画家がある。赤嶺幹雄(1995)は、「画工と那美さんの関係の発展を夢想するロマン主義的な読者の期待をかき立てながらそれを実現させないのが漱石の現実感覚であり、『吾輩は猫である』以前のロマン主義的特徴を持ちながらロマン主義的傾向に流れない草枕の特徴である。」[ ]と述べた。赤嶺幹雄は作品の中で「草枕」はロマン主義的特徴を持っていると認めるが、ロマン主義的傾向に流れないとも述べた。本稿は夏目漱石は「草枕」におけるロマン主義の特徴、夏目漱石のロマン主義的傾向について述べたいと思う。