要 旨:『浮雲』と『狂人日記』二つの作品は写作の方法、芸術性、心理描写で比べられたところが多い。また、二葉亭四迷のあとに出た自然主義の作品も魯迅に影響を与えた。特に「白樺派」の「余裕的な文学」は魯迅の私小説の特徴に一致した。魯迅が日本近代文学の粋を身に着けて中国現代文学の発展に大きい役にたつ。
キーワード:『浮雲』;『狂人日記』;文学
明治維新のはじめに西洋化と啓蒙主義の風潮の中では日本は海外文学の思想を吸収して文学の新しい道路を探求した。啓蒙主義の思想家は長い鎖国から目覚めたばかりの大衆に新しい思想を宣伝した。その中、日本の新体詩が和歌に代わって生まれ、翻訳された本も民間で広く読まれた。西洋文学、特に英、仏文学の翻訳が相ついで新文学を生み出す下地となった。文学の変革では特に小説の変革が目覚しかった。1887年二葉亭四迷の『浮雲』の発表を契機として日本の文学が真に近代的なものへ脱皮を始めた。
ところで、中国の魯迅が 20 世紀の初め日本留学に行った。20 世紀の初めの中国が封建社会から民主主義の社会に変わっていた。このとき、ちょうど日本の写実主義がそろそろ終わって自然主義が始めたばかりだ。魯迅が日本文学の風潮に影響されたと同時に日本文学の作品を中国語に翻訳した。帰国した後、中国の新文化運動は起こって文学の変革を始めた。魯迅は1918年に白話文の『狂人日記』を発表した。中国の文学があれから現代化の時期に入った。だから、近代文学の先駆になった『浮雲』と『狂人日記』は一定の関係があると言える。 魯迅は日本の近代文学の風潮の影響を受けてから、『狂人日記』 を創作した。