要旨:森鷗外は自らの渋江抽斎との出会いからはじまり、 その一生を追うのみならず、残された子孫に至るまで自らの足で追求し、いろんな努力をし、ほとんど感情を交えずに記している。ゆえに、同時代の文豪、夏目漱石の前後期三部作のような、小説的な面白さを期待してはならない。鷗外は「歴史其儘」という考え方をこの作品に実践したらしい。つまり、書き手の判断を何も書かずに、事実だけを客観的に記述していくスタイルである。
キーワード:渋江抽斎;森鷗外;人生観
森鷗外は日本近代の有名な作家である。軍医、帝室博物館総長兼図書頭、小説家、評論家、翻訳家である。明治天皇の死に続き乃木大将夫妻の殉死という大事件に強く刺激を受け森鷗外は歴史小説に転じた。そして、「歴史其儘」の態度を持ち、史伝を書き始めた。渋江抽斎は弘前の津軽藩の侍医であり、考証学者でもある。石見国藩主の典医を勤める森家の長男として生まれた森鷗外は渋江抽斎と同じような出身である。家庭教育にも共通点がある。森鷗外はなぜ渋江抽斎のことを書きたがったのか。何を表したがったのか。この史伝を通して、何のメッセージが隠されるのか。それらの点について探求してみたい。